
子どもが家庭や学校などで「一度に複数のことを覚えるのが苦手」「忘れ物・なくしものが多い」「読み書きや計算がうまくできない」といった困りごとを抱えている、という方もいるのではないでしょうか?
それは「ワーキングメモリ」の働きが弱いためかもしれません。
ワーキングメモリとは、「作業に必要な情報を、一時的に保存し処理する能力」のことです。
ワーキングメモリは勉強や手伝いなどさまざまな場面で必要になってくる能力のため、ワーキングメモリが弱いと子どもが学校や日常生活で困難に直面する機会が増えることにもつながります。
この記事では、ワーキングメモリについての説明や、弱い場合にどんな困りごとが起こるのか、発達障害との関係、困りごとへのサポートについて紹介していきます。
ワーキングメモリとは
ワーキングメモリとは「作業に必要な情報を、一時的に保存し処理する能力」のことで、作業記憶などとも呼ばれることがあります。
ここでいう作業とは会話や計算などのことで、大人も子どもも日常生活のさまざまな場面でこのワーキングメモリを使って判断や行動をしています。
例えば、「3+4+5」という計算があったときに、頭の中ではまず「3と4」を足して「7」という数字を出します。そのあと「3と4」は忘れ、「7と5」を足して「12」と答えを出します。
このように単純な計算の過程でも、数字を足すという処理や、必要なくなった数字を忘れるという処理をしているのがワーキングメモリの働きです。
他にも料理をしていて、「炊飯器のスイッチを入れてから、野菜を切り、ご飯が炊けたら野菜炒めを作る」というように頭で考え実行していく行動にも、ワーキングメモリは使われています。
情報を覚えておくというと「短期記憶」と似ていますが、短期記憶は単に情報を覚えておくことを指しているのに対し、ワーキングメモリはその情報を操作や返還するといった処理まで行うことを指しています。
ワーキングメモリは個人差がある
ワーキングメモリの機能の働きの度合いは、個人個人によって異なっています。これは机の大きさや整理の仕方として例えられることがよくあります。
ワーキングメモリの機能を「机の大きさ」情報を「本」として考えると、机が大きいほど本を沢山置くことができ、本の量と比例して一度に大量の情報をその机には記憶しておくことができます。
それとともに机の上を整理するのもワーキングメモリの機能の一つで、関連する本を近くの場所に置き、必要な本は残して使わなくなった本は取り除くことで、作業を効率的に行うことができるようになります。
机の大きさも、整理する能力も人それぞれ異なっているため、それぞれのワーキングメモリの機能によって生じる困難さも、対するサポートも別々のものになってきます。
ワーキングメモリが弱いとどうなるの?
ワーキングメモリは私たちが何か作業する時の判断や行動に影響しているため、ワーキングメモリが弱いとさまざまな困りごとが生じることがあります。
先ほどの「3+4+5」の計算でいうと、「3と4」を足した後の「7」という数字が覚えていることができず最後まで計算ができなかったり、「3と4」を足したのを忘れて、どこまで計算したのかがわからなくなり、もう一度足し算してしまうなどが起こりえます。
料理でいうと、「炊飯器のスイッチ」を入れた後に「野菜を切る」のを忘れ、「ご飯が炊けた」後に野菜を切り始めて、料理が完成するまでに時間がかかってしまうということもあります。
他にも複数の行動をすることが難しい場合もあり、「人の話を聞きながらメモを取ることが苦手」「ノートを書きながら、質問事項を考えることが苦手」という困りごともあります。
ワーキングメモリが弱い子どもの困りごとは?
ではワーキングメモリが弱い子どもの場合は、どういった困りごとが起こりうるでしょうか。
ここでは家庭や園・学校などで起こる困りごとを紹介します。
- 複数の指示を覚えられない
- 授業に集中できない
- 切り替えができない
- 読み書きや計算ができない
- 忘れ物・なくしものが多い
複数の指示を覚えられない
ワーキングメモリが弱いと、一度に複数のことを伝えられても覚えていられないことがあります。
家庭で子どもが帰ってきたときに、「手を洗ってきて、そのあとご飯の準備を手伝ってね」と伝えても、手を洗ってくることは覚えていても、「準備を手伝う」という項目を忘れてしまいテレビを見始めるなど他のことをしていまうといったことがあります。
授業に集中できない
ワーキングメモリは情報を選択する機能もあるため、その機能が弱いと授業中に先生が話していることのどこに注目したらいいかわからず、説明が長い場合、その中から必要な行動をとることが難しく授業に集中できないということがあります。
切り替えができない
ワーキングメモリの情報の選択には、いらなくなったものを捨てるという機能もあります。そのため、ワーキングメモリが弱いと、国語の授業中に前の授業でやった算数のことが頭から離れずに、うまく切り替えができないとなる場合があります。
読み書きや計算ができない
ワーキングメモリが弱いと、文章を読んでいる途中で前半に書いてあったことを忘れてしまい、意味をつかむことが難しくなったり、計算も暗算したことを忘れてしまい、答えが合わないなど、読み書きや計算に困難が出ることがあります。
忘れ物・なくしものが多い
ワーキングメモリが弱いと、手に持っていたものを机などに置いた後にそのことを忘れてしまい、そのまま移動することなどから忘れ物やなくしものが多くなることがあります。
このように、ワーキングメモリが弱いことによって子どもが日常生活で困難を抱えてしまうことが考えられます。
そして子どもが失敗体験を繰り返していくうちに、自信を無くしてしまうということにもつながってくるため、困りごとに対してサポートしていくことが大事です。
ワーキングメモリと発達障害の関係は?
ワーキングメモリの弱さと発達障害の特性による困りごとは似ている点があるため、関連性について言及されることもありますが、わかっているのは差があるということだけで、ワーキングメモリと発達障害の関連性は証明されていません。
発達障害の中のADHD(注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害)では、不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(考えずに行動してしまう)といった特性が見られます。
この不注意特性が「何に注意していいかわからない」という、ワーキングメモリの弱さによる困りごとともにています。
また衝動性の特性も「すぐ他のものに気をとられてしまう」という、ワーキングメモリの弱さによる困りごとと似ています。
発達障害の中のLD(学習障害)は、全般的な知的発達に遅れがないものの、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算・推論する」能力に困難が生じることがあります。こちらも、どういった特性が現れるかはその人によって異なります。
計算ができないなどのLDの特性は、ワーキングメモリの弱さによって起こる困りごととも共通しています。
このように、発達障害の特性とワーキングメモリの弱さによる困りごとは似ている点がありますが、現時点でワーキングメモリが弱い子どもに、必ず発達障害があるという証明はされていません。
まずは子どもが困りごとを解消するようなサポートをしていくことが大事になります。
子どものワーキングメモリが弱い場合の対策・サポートのコツ

ここでは子どものワーキングメモリが弱く、困りごとが生じているときにできるサポートを紹介していきます。
ワーキングメモリの機能自体を向上させる方法として、現時点で実証されているものはありません。しかし、子どもが直面している困りごとに対して、適切な対策やサポートをしていくことで、子どもの困りごとを軽減していくことは可能です。
ワーキングメモリが弱い子どもへのサポートとしては、情報の伝え方を工夫したり、いろいろなツールを使って接することで、ワーキングメモリの弱さをカバーしていきます。
先ほど挙げた困りごとへのサポートを見ていきましょう。
- 複数の指示を覚えられない
- 授業に集中できない
- 切り替えができない
- 読み書きや計算ができない
- 忘れ物・なくしものが多い
複数の指示を覚えられない
2つ以上など一度に複数の指示を出されたときに、忘れてしまうことが多い場合は、一度に1つことのみ伝えるという方法があります。
「手を洗ってから、料理を手伝ってもらいたい」という時は、まず「手を洗ってきて」と伝え、それができたら「料理を手伝って」と伝えるようにすると、忘れることが減ってくるかもしれません。
授業に集中できない
授業中何に注意していいのかわからない場合は、先生から「この時間は〇〇をします」と授業の目的を明確にしてもらうことや、それが難しい場合は入ってくる情報を減らすことも方法の1つです。情報が多くて取捨選択ができないときは、色を付けたり枠で囲って重要な情報を目立たせる、プリントを折るなどしてその時に不要な情報は隠すといった方法で集中しやすい環境を作ることができます。
切り替えができない
国語の時間なのに前の時間の算数のことにとらわれている、といった場合はチェックリストを作って、何が完了して、今は何をする時間なのかということを視覚的にわかるようにすると、子どもも今何をする時間なのかという切り替えがしやすくなることがあります。
また、頭の中で考えが反芻してしまう子供もいるため、活動ごとの区切りごとにちょっとしたリフレッシュタイムや質問タイムを取ることも、切り替えのために有効です。
読み書きや計算ができない
一度に多くの文章や計算をしようとすると、情報が多く覚えきれないことがあります。
そういったときは文章や計算を細かく区切って行うように促していくといいでしょう。
文章を一度に全部見せずに、紙などで隠しながら一行ずつ目に入るようにしたり、計算も暗算をさせるのではなく、途中の計算をメモできるように補助していくことで、一度に処理する情報が少なくなり読み書きや計算がしやすくなっていきます。
忘れ物・なくしものが多い
忘れ物やなくしものが多い時には、先生や保護者が一緒に確認する時間を設けることや、持ち物チェックリストを作る、スマートタグ(忘れ物防止タグ)を活用するなどツールを使って記憶しなくてもカバーできる状態を作っていくといいでしょう。
他にも、必ず通る玄関前に持ち物を置いておくなど、子どもの動線上に物を配置するという方法もあります。
情報の伝え方や、ツールを使用していくことは共通ではありますが、子どもによってワーキングメモリの傾向や、どういった情報だと覚えやすいといったことは異なってきます。
一日の流れが先にわかっていたほうが楽だと感じる子どももいれば、「今やること」だけわかっていたほうが集中できるという子どももいます。
一律なサポートにならないよう、子どもがどんなことに困りごとを感じているか、どうしたら勉強などがやりやすそうかを見ながらサポート内容を考えていくといいでしょう。
発達障害のある子どものための支援機関
ワーキングメモリの弱さで感じる困難へのサポートは、保護者や学校だけでなくさまざまな支援機関とも相談して考えていくと、子どもにあったものを見つけやすくなってきます。
ここではワーキングメモリの弱さも含め発達の気になる子どもへの支援機関を紹介します。
児童相談所
児童相談所は、都道府県や政令指定都市などに設置されており、18歳未満の子どもに関するさまざまな困りごとについて、家庭や学校などからの相談を受け付けています。
ソーシャルワーカー、児童心理司、医師などの専門的なスタッフが相談に応じるとともに、地域の支援機関とも連携して子どもに支援をおこなっています。
児童発達支援センター
児童発達支援センターは、障害のある子どもに身近な地域で支援を行う支援機関です。
発達の気になる子どもに関する相談を受け付けているほか、児童発達支援事業所・放課後等デイサービスといったサービスを提供しており、発達障害のある子どもなどへ日常生活や自立に必要な知識やスキルの取得、集団生活への適応のための訓練などをおこなっています。

発達障害者支援センター
発達障害者支援センターは都道府県や指定都市が実施主体となり、発達障害のある子どもやその家族を支援する機関です。
家族などからの相談に対して、家庭での療育方法についてのアドバイスや関係機関の紹介などをおこないます。
国立障害者リハビリテーションセンターの「発達障害者支援センター・一覧」ページから、自宅付近にあるセンターを見つけて、詳細をチェックしてみましょう。
ワーキングメモリの専門機関
また、ワーキングメモリと子どもの教育についての相談を受け付けている機関があります。
ワーキングメモリの傾向にあった支援やアドバイスをしているほか、ワーキングメモリの傾向がわかるアセスメントも行っています。
発達の気になる子どもの学習塾
ワーキングメモリの弱さなどにより、家庭や学校で困りごとがある場合は、発達の気になる子どもが通える幼児教室や学習塾なども活用できます。
LITALICOジュニアでは、0歳~18歳の発達が気になる子どもへの学習やソーシャルスキルアップをメインとした授業を行っています。
ワーキングメモリの弱さなどによって、学習に影響が出ている場合も子ども一人ひとりの特性や性格に合わせて最適な方法でサポートを提供しています。
専門家監修の独自の学習教材があるほか、保護者に向けて家庭での子どもとの関わり方を学ぶサポートもしています。
LITALICOジュニアでは体験授業も受け付けております。
家庭や学校などで子どもの発達が気になるという方は、お気軽にお問い合わせください。

ワーキングメモリのまとめ

ワーキングメモリは、作業のために情報を一時的に記憶・処理するための能力で、家庭や学校などのさまざまな場面で必要となってきます。
ワーキングメモリが弱いと、「授業に集中できない」「読み書きや計算が苦手」など、子どもが生活する中で困難に直面することが多くなり、自信を失うきっかけになってしまうかもしれません。
ワーキングメモリの弱さによる困りごとは一人ひとり異なります。子どもにあった情報の伝え方やツールの使用などのサポートで軽減することができます。
ご家庭や学校でのサポートで難しいと感じた際は、支援機関や発達の気になる子どもの学習塾などを活用することも検討してみるといいでしょう。