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メルマガバックナンバー

インクルーシブ教育マガジン vol.30

2017.10.03

(この内容は2017年9月30日配信「インクルーシブ教育マガジン」のバックナンバーになります。)

2学期も始まり、だんだん涼しくなってきました。
今年もあっという間に残り3ヶ月ですね!今月もインクルーシブ教育に関するコラムをお届けします。

【連載】今日からできるインクルーシブ教育実践

LITALICOジュニア 木村彰宏

このコーナーでは多様な子どもたち8,000名が通うLITALICOジュニアにおける実践についてご紹介します。

前回から、子どもたちの「やりたい!」を引き出し主体的な学びに繋げていくために、LITALICOが大切にしている考え方「子どもの心に火をつける」について、具体的なアプローチの方法をお伝えしています。(インクルーシブ教育マガジン vol.23にも出てきたテーマです)

前回は、子どもの心に火をつける為の、「興味関心を活かした学び」について紹介しました。

今回は、子どもたちの「興味関心」を広げ、「夢中になれる(心に火がつく)選択肢を増やす」についてお話します。

そもそも、なぜ子どもたちの「夢中になれる選択肢」を増やす必要があるのでしょうか。

それは、興味関心が広がり、夢中になれる選択肢が増えることが、「新たなスキル」の獲得に繋がり、さらに長期的に見ると、できることが増えることで「自立」に繋がるからです。

例えば、小学2年生のAくんは、人前で話すのがとても苦手でした。緊張して頭が真っ白になってしまうとのことでした。

しかし彼は折り紙がとても得意で大好きでした。そこで、Aくんに集団授業の中で折り紙を教える先生になってもらいました。すると、周囲の子どもたちから「すごい!」「僕にも教えて!」と沢山声をかけてもらいました。その経験が彼にとっては非常に嬉しかったようです。そこから彼はだんだん、人前で話すことも好きになりました。

まさに、彼にとっての興味関心が広がった瞬間でした。

2年後、彼は運動会の応援団にも立候補したようです。以前の彼では考えられなかったことですが、「夢中になれる選択肢」の一つに「みんなの前で話をする」が追加されたのでしょう。

また、小学3年生のBくんは、みんなと一緒に行動することがとても苦手でした。

でも、大好きな音楽がかかっている時であれば、みんなと一緒にダンスをすることができたのです。自分が大好きな音楽でダンスを踊っている時のBくんは集団行動が苦手なBくんとは別人のようでした。

そこから少しずつ、音楽がかかっていない時でも集団に参加することができるようになっていきました。今では集団で授業をするのもとても楽しみにしているのだとのことです。

「興味関心」が音楽から「みんなでのダンス」へと広がり、夢中になれる選択肢の一つとして「集団の中での活動」が加わっていったのです。

このように「好き」を通して苦手な活動にチャレンジしてみた結果、苦手なこともできるようになった、興味が無かったことも好きになれたというお子さんが、LITALICOジュニアには沢山いらっしゃいます。

では、興味関心を広げ、夢中になれる選択肢を増す為にはどのような関わりが求められるのでしょうか。

例えば以下の二つのようなものがあります。

① 「なぜそれが好きなのか?」を深堀し、別の学習などにもその要素を取り入れた関わり
② 今好きなものだけでなく、「これも好き!これも楽しい!」を増やす関わり

こう考えると改めて、子どもたちのことを沢山知ることや、一緒に好きを共有できる信頼関係をつくることの重要性を感じますね。

みなさんも是非、「今ここ」だけでなく、将来を見据えた際に、一人ひとりの子どもたちの「夢中になれる(心に火がつく)選択肢」が増えるような関わりについて考えてみてください。

次回からは、心に火がついた子どもたちの目標設定や学習方法、評価方法を工夫し、「学びを自信につなげる」についてお伝えしていきます。

【連載】インクルーシブ教育を考える

株式会社LITALICO 執行役員 野口晃菜

先日、名古屋において日本特殊教育学会に参加をしてきた。

インクルーシブ教育の歴史について、以前本メルマガでも扱ってきたが(参照)、日本においては、障害のある子どもへの支援は施設における実践から始まり、1979年に障害のある子どもの義務教育が制度的にも整備された。
障害のある子どもへの教育の在り方が模索されていた時代において設立された国立特殊教育研究所(現在の特別支援教育総合研究所)の初代所長であった辻村泰男氏は障害のある子どもへの教育について「個人差に応じた適切な指導が、単に障害児についてだけでなく、学級の全員について行えるような教育的諸条件が整備されたなら―そのとき障害児の多くは、特殊教育から通常の教育に戻っていけるにちがいない」という言葉を残している(辻村, 1968)。
つまり、本来は通常教育や一般社会において、多様な子どもたちのニーズにこたえられることが理想的であり、それが可能になれば特殊な学校はいらない、といったまさにインクルーシブ教育の考え方を既にこの時代に持っていたのである。

「特殊教育」といった言葉が生まれ、各障害種別に研究が進んだことにより、障害種によるニーズに合わせた教育課程や指導方法が確立したことは、特殊教育が大きく貢献してきたことである。一方で、その代償として、「障害」のある子どもたちの教育はその分野における「特別」な専門家でないとできない、といった考え方も同時につくってしまった。
障害のある子どもへのニーズにこたえる教育を作った結果、その他の子どもたちへの教育との連続性が見えづらくなり、結果、障害者権利条約を批准した現在においても特別支援学校に在籍する子どもは増え続けており、インクルーシブ教育にはある種逆行していると言っても良い。

なぜこのようなことが起こったのか。
それは、通常教育に働きかける者が誰もいなかったからではないだろうか。
「通常教育が多様性に応えることは無理である」との前提に研究を進めてきたからではないだろうか。
最終的に目指すところが何なのか、のビジョンを誰も描かなかったからではないだろうか。

次期学習指導要領は、通常教育と特別支援教育の連続性が強化されている。
これは、大きな一歩である。

今こそ、特別支援教育の関係者は自分たちの言語だけで自分たちの領域のみでより専門性を追求していくのではなく、通常教育との共通言語を見つけ、彼らの文脈を理解した上で、通常教育における多様なニーズに答えるシステムづくりに寄与する時ではないだろうか。

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