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メルマガバックナンバー

インクルーシブ教育マガジン vol.34

(この内容は2018年1月30日配信「インクルーシブ教育マガジン」のバックナンバーになります。)

寒い日が続き、春が待ち遠しく感じるこの頃です。
今年も皆さまに様々なインクルーシブ教育に関する情報をお伝えしていきたいと思います。
本年もよろしくお願いいたします。

【連載】今日からできるインクルーシブ教育実践

このコーナーでは多様な子どもたち8,000名が通うLITALICOジュニアにおける実践についてご紹介します。

前回までは、子どもたちの「学びを自信につなげる」ために、どのように目標設定や学習方法、評価方法を工夫するかについてお伝えしてきました。

今回からは、自信につながった学習や活動を、特定の先生や友達との間だけでなく、徐々に広い関係性の中でも発揮し自立に繋げていけるよう、その子にとって「安心できるコミュニティ」を構築するために、LITALICOジュニアが大切にしているアプローチについてお話します。

今回は、その子にとって参加のハードルを下げ、「安心できるコミュニティ」をつくるために、「誰でも安心して参加できる環境をつくる」についてお伝えします。

そもそも、なぜ子どもたちにとって安心できる環境をつくる必要があるのでしょうか。

それは、安心できる環境があるからこそ、学んだり、他者と関わったりと、自分の外に目を向けることができるからです。

つまり、一人ひとりにとっての安心安全な環境づくりこそが、「安心できるコミュニティ」への第一歩となります。

では、皆さんが「この場所であれば大丈夫だな」「この人たちであれば大丈夫だな」と感じられる、「安心して参加できる環境」とはどのようなものでしょうか。

「場所」で言えば、綺麗かどうか、静かかどうか、やりたいことがある場所かどうか、など、人それぞれ安心できる要素があるかと思います。

「人」も同様に、話が合う人かどうか、優しい人かどうか、そもそも知っている人がいるかどうか、など、人それぞれ安心できる要素がありますよね。

メルマガ内で何度も登場している言葉かと思いますが、やはり安心できる人も、場所も、その条件は「一人ひとり違う」ということです。

そのため、LITALICOジュニアの指導員は、「その子」が安心して参加できる条件を整える為に、興味関心や、特性を把握し、それに合わせて、教室(場所)に工夫をしたり、友だち(人)との学び方を工夫したりします。

場所でいえば、例えば、目移りするものが少ない教室での学習から始めたり、逆に「入ってみたい」と思えるようなその子の興味関心ある物が置かれている教室での学習から始めたりする、などできるかもしれません。

人でいえば、例えば、まずは仲のいい友だちとの学習から始めたり、同じ趣味をもつ友だちとの学習から始めたりする、などです。

また、上記のような工夫に加え、そもそも「本人が自分の意思で参加・不参加を決定する」ということも大切にしています。

「子どもが興味を持つであろう環境を用意したんだからできるだろう」と指導する側が勝手に判断するのではなく、子どもの気持ちや意思を尊重し、子どもが自分のペースで環境に適応していくプロセスを試行錯誤しながら応援していきます。

いかがでしょうか。みなさんが普段つくっていらっしゃる「環境」は、一人ひとりの子どもたちにとって「安心して参加できる」ものになっているでしょうか。

もちろん、子どもたちにとってではなく、大人に対しても同じことが言えます。

是非、みなさんも、一人ひとりにとって「安心して参加できる環境」について考えてみてください。

次回は、「安心できるコミュニティ」を構築するための、「お互いの多様性を理解し応援しあえる仕組みづくり」についてお話します。

【連載】インクルーシブ教育を考える

私たちはどうしても子どもや人、そして自分、一定のルール・規範や基準に照らし合わせて、判断をする。
それは、しばしば「学校」という独特な場所における規範や自分が「こうだ」と思い込んでいるもの、自分が大事だと思っている「価値」に基づいて判断がなされる。

「特定の教科ができる・できない」
「自ら学ぶことができる・できない」
「ノートをとることができる・できない」
「リーダーシップがある・ない」
「思いやりがある・ない」
「協調性がある・ない」

そのような独特のかつ固定化された規範意識のある中で、「多様性を大切にしよう」といったメッセージは、絵に描いたもちになりがちである。
「インクルーシブな社会を目指そう」といいつつ、結局接し方は評価(その人の勝手な見立て)を踏まえた接し方であり、固定化されたルールや規範の中でおこなわれる。矛盾してしまっているからだ。

ではどのようにしたら、本当の意味で多様な価値を大切にすることができるのだろうか。

まずは、その固定化されたルールや規範、価値基準に照らし合わせて、「子ども」を観ている、と自覚するところから始まるのかもしれない。
「私のこういう基準で見たら、この子はこうである」
「学校のこういう基準で見たら、この子はこうである」
「でも別の基準でみたら、この子はこうである」
そのようにして、自分の固定化された基準を疑って、別の目で見ていることもよいかもしれない。

これからの時代は、何をもって「価値がある」とするかは、もはや把握できないレベルにまで多様化するだろう。今の社会にとって「価値がある」は未来の社会にとって意味がなくなるかもしれない。

そんな時代を生きていく子どもたちには、今の当たり前に合わせるのではなく、新しい価値や新しい視点を見つけられるような、そんな学びの場をつくっていきたい。

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