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メルマガバックナンバー

インクルーシブ教育マガジン vol.35

(この内容は2018年2月28日配信「インクルーシブ教育マガジン」のバックナンバーになります。)

インクルーシブ教育マガジンをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
これまで1,000名以上のたくさんの皆さんにご愛読いただいて参りましたが、
2018年3月のメールマガジン配信をもって、インクルーシブ教育マガジンの配信を終了させていただく運びとなりました。

【連載】今日からできるインクルーシブ教育実践

このコーナーでは多様な子どもたち8,000名が通うLITALICOジュニアにおける実践についてご紹介します。

前回からは、自信につながった学習や活動を、特定の先生や友達との間だけでなく、徐々に広い関係性の中でも発揮し自立に繋げていけるよう、その子にとって「安心できるコミュニティ」を構築するために、LITALICOジュニアが大切にしているアプローチについてお話しています。
前回は、その子にとって参加のハードルを下げ、「安心できるコミュニティ」をつくるために、「誰でも安心して参加できる環境をつくる」についてお伝えしました。

今回は、「安心できるコミュニティ」をつくるための「お互いの多様性を理解し応援しあえるアプローチ」についてお話します。
私たちは一人ひとり、性格、特性、得意な学び方などに「違い」があります。
しかし、私たち大人でさえ、ついそれを忘れ、相手の表面的な部分のみを見て、判断してしまったり、決めつけてしまったりすることがあるかと思います。
子どもたちも同じで、表面的な言動や、アウトプットされる成果物などだけを見て、相手のことを判断してしまうことがあります。
そんなコミュニティでは、誰かにとっては表現することが凄く怖い場となってしまうかもしれないし、誰かにとってはやってみる(学ぶ)こと自体がすごくハードルの高い行為になってしまうこともあります。
そこで大切になるのが、お互いに性格や特性、得意な学びか方などは違うのだということを知り合い、理解し合うことです。
違うということを理解し合えるからこそ、応援し合いながら目的に向かってチャレンジすることができます。
そのため、リタリコジュニアの指導員は、集団授業において、子どもたちがお互いの違いを知り合い、理解し合えるような仕組みを作ったり、アプローチをしたりします。

○自己紹介の場面で、自己理解他者理解の時間を丁寧にとって内容を深掘りし、違いの理解を促す。
○一人ひとりの、授業における目標の提示を、コミュニティ全員が、全員分把握できる方法で行い、それぞれの授業におけるゴールが異なるのだということの理解を促す。
○学び方は多様であっていいのだということを、言葉で伝えるだけではなく、実際にそれぞれの子どもに対して異なる教材を提示して学習を進めていく。

例えば上記のような例です。
子どもたちが「自分と相手は違うんだ。それぞれ得意な学び方は違うんだ。この授業を通して獲得したい力も一人ひとり違うんだ。」と理解できるからこそ、それぞれの目標に対して応援しあうことができます。
また、子どもたちが、コミュニティにおいてお互いの多様性を理解し、応援しあってそれぞれの目標に向かっていくためには、何よりも関わる大人が、本当に子どもたちの「違い」を受け止め、学び方の多様性を応援できているかが非常に重要になります。
口では「学び方はそれぞれだよ」「みんなちがうんだよ」と言っている大人が、ついつい子どもがつまずいた場面で注意をしてしまったり、自分が分かりやすい方法で子どもに伝えようとしたり、人格を否定するような発言をしてしまっては、本末転倒です。
「自分は子どもたち一人ひとりが違いを認め合え、応援し合えるようなコミュニティをつくれているかな。自分の言動が、それを否定するようなことに繋がっていないかな。」
そんなことを、時々振りかえってみてもいいかもしれません。

この一年間、LITALICOジュニアが大切にしている考え方として、「信頼関係をつくること」「最適なプランニングを考えること」「子どもの心に火をつけること」「活動を自信につなげること」「安心できるコミュニティを構築すること」についてお話してきました。
次回は、LITALICOジュニアが子どもと関わる上で大切にしている6つの考え方の最後の一つ、「環境へのアプローチ」についてお話をします。

【連載】インクルーシブ教育を考える

「急がば回れ」

インクルーシブ教育が目指す先は、インクルーシブな社会である。
差別や排除のない社会。
「差別はダメ」というのみでは、インクルーシブな社会を作っていくことは難しい。

一方で、私たちが普段よかれと思って差別をなくすためにやっている実践の中には、逆に差別を進めてしまうような取り組みもあることを理解しなければならない。
例えば、障害のある子どもについて周りの子どもへの理解を求める時、学校において「障害理解教育」なるものが実施されるときがある。つまり、「発達障害とは」「自閉症とは」などといった、障害についての知識を深める授業である。

一方で、精神障害の分野では、「障害」について「教育」をすること自体が、逆に偏見を強める、といった研究もある。障害の有無にかかわらず、その人自身のことは、その人しかわからない。そのため、「障害」そのものに対する教育よりも、実際に当事者と対話をし、当事者が自身のストーリーを語ること自体が偏見を減らす効果が高いと言われている※。

そのため、やはりインクルーシブな社会のためには、実際に障害のある子どももそうでない子どもも接する機会を持ち、その中で、「障害理解教育」というよりは、「その子理解」のために、本人の語りや本人のストーリーを大切していくことが有用であると思われる。

「差別」をなくすためには、「障害理解」をするほうが早いと思われるかもしれない。一方で、「差異のジレンマ」の回にも記述の通り、それ自体が「障害理解」が「その子理解」を邪魔してしまう可能性も多いにある。
障害の有無にかかわらず、インクルーシブな学級づくり、学校づくりのために、そのひとりに向き合い、そのひとりの語りを大切にする実践を続けていきたい。

※Ending Discrimination Against People with Mental and Substance Use Disorders(2016)

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